正直、公式サイトの着うたをダウンロードしたことがない


新年早々、なんだか着うた(TM)を愚弄するようなタイトルで始まり始まりー。
さて、題の通りなのですが、オレは着うた対応機種(A5502K)を去年の初め頃に手に入れてから約一年ほど経過したわけですが、未だに公式サイトから着うたをダウンロードしたことがないのですよ。

しかしどういうわけか、対応機を手に入れる前は、「着うたを聞けるー」だの「映像を再生できるー」だのといった前評判に押されて、もうなんというか猛烈な尋常ならざる物欲を抱いていたのです。でも実際に手に入れてみると、それ以前に抱いていたような憧れが一気になくなって、有料でのダウンロードなんて一度もしたことがないような事態。

で、よくよく考えてみたら、オレが求めていたのは着うたをダウンロードして楽しむためではなくて、えせ着うたを作って好き勝手することだったことなんですよね。要するにえせ着うたの再生に耐えうる能力を持ち合わせた端末であれば着うたが再生できなくてもおkって感じです。
使い方的にはGBAでNESソフトを遊ぶとかいったような、ある十分な土壌があることが前提で別のことをして遊ぶといったある意味邪道な感じかなと。

要するに着うたの再生能力って結構付随的なものなんじゃないかなーと思ったりしています。標準で搭載されていないと気が済まないのに、いざ手に入れてみれば使うことなんてそんなにない。まるで、使う機会はほとんどないのに持っているだけで安心、というか持っているということ自体に意味があり、満足をさせてもらえる「手動充電器」みたいなものなのかなと思います。なくても困らないけど、ないと気に入らないものって結構ありますでしょ?毎月着うたをダウンロードしまくりの、着うたフリーク以外の人にとっては、着うたってそういうものだと思うのですよ。

・・・とか言いつつも、着うたのダウンロード件数が一億曲突破だとかいう景気の良い話も聞くし、着うたフルも大々的に宣伝しているし、オレが単に異端なだけなのか!?
けど外出時に誰かの携帯がなったとしても、着うたが再生される場合ってすごく珍しいよなぁ...。それを考えると、着うたは「着」という名にそぐわず、単に携帯で音楽を楽しむものというスタンスが適切なのかも。また一億曲突破というのも、着メロのダウンロード件数がそれよりはるかに多いことも予想されるし、着うたそれ自体の人気を計るものとしては参考にならず。

携帯における着うたの存在ってどのような位置なんだろうか。
いまいちよくわかりまむ。